箱根駅伝はなぜ2日間?理由を歴史からわかりやすく解説

箱根駅伝はなぜ2日間開催されるのか、気になったことはありませんか?

往路・復路合わせて217.1kmという距離が関係しているのかとも思いましたが、実はそれだけではありません。箱根駅伝の起源をたどると、観光イベントとしての歴史的背景が深く関わっていました。

この記事では、箱根駅伝が2日間になった理由を、歴史と現在のコース構成の両面からわかりやすく解説します。

箱根駅伝が2日間である理由

箱根駅伝が2日間開催される理由として広く知られているのが、箱根への観光客を呼び込む目的があったという説です。

その目的は、箱根で観光客が少なくなる冬に観光客を呼びこみ、2日間に渡って開催する事で旅館やホテルに宿泊してもらうためだったと言われている。

出典:Wikipedia

つまり、冬の閑散期に箱根の旅館やホテルを賑わせるための仕掛けとして、2日間という形式が採用されたというわけです。日帰りイベントなら宿泊費が発生しませんが、2日間にわたるレースなら観戦者が自然と箱根に泊まることになります。

地域の経済活性化を目的として始まったイベントが、100年以上を経て日本最大規模の駅伝大会になったと思うと、感慨深いものがあります。

箱根駅伝の起源:飛脚制度とタスキの歴史

箱根駅伝の原型は、江戸時代の飛脚制度にあります。飛脚とは、今でいう郵便配達員のような存在で、人の手で手紙や荷物を届けていた職業です。

箱根駅伝の前身となったイベントでは、東京から箱根まで、手紙に見立てたタスキを「宿駅(荷物を運ぶ人や馬を集めた宿場)」で引き継ぎながら届けるという形式が取られていました。

現在の箱根駅伝でタスキをつないでいくスタイルは、まさにこの飛脚制度の流れを受け継いでいるものです。江戸時代から続く文化がお正月の風物詩として今も生きているというのは、改めて考えると面白いですよね。

往路・復路のコースと距離

現在の箱根駅伝のコース構成は以下のとおりです。

区分区間数距離コース
往路(1日目)1〜5区107.5km東京(大手町)→ 箱根(芦ノ湖)
復路(2日目)6〜10区109.6km箱根(芦ノ湖)→ 東京(大手町)
合計10区217.1km

合計217.1kmという距離は、フルマラソン(42.195km)の約5倍に相当します。これを1日で走り切ることは、競技者の安全面からも運営面からも現実的ではありません。距離の観点からも、2日間という形式は理にかなっています。

1日にまとめられない理由

歴史的・観光的な背景に加えて、現実的な理由としても2日間開催には意味があります。

  • 距離が長すぎる:217.1kmを1日で完走させることは選手の身体的に不可能
  • 交通規制の問題:神奈川・東京間の主要道路を長時間封鎖するには2日に分ける必要がある
  • テレビ中継の都合:現在は往路・復路それぞれが一つのコンテンツとして成立している
  • 観光・経済効果:起源から続く箱根への集客という目的が今も機能している

よくある疑問

箱根駅伝はいつから始まったの?

第1回箱根駅伝は1920年(大正9年)に開催されました。2024年で第100回を迎えた歴史ある大会です。

なぜお正月に開催されるの?

冬の閑散期に箱根の観光客を増やすという起源に由来します。お正月は多くの人が休みで視聴率も取りやすいため、現在もこの時期が定着しています。

何校が出場できるの?

関東学生陸上競技連盟に加盟する大学が対象で、予選会を通過した10校+シード校10校の計20校が出場します。

まとめ

箱根駅伝が2日間開催される理由をまとめます。

  • 起源は冬の箱根に観光客を呼び込み、旅館に宿泊してもらうための観光イベントだったから
  • 往路・復路合計217.1kmという距離を1日で走ることは現実的に不可能なため
  • 交通規制・テレビ中継・経済効果などの現代的な理由も2日間形式を支えている

江戸時代の飛脚制度から始まり、箱根の観光振興を目的として生まれた箱根駅伝。100年以上経った今もお正月の風物詩として愛されているのは、それだけ多くの人の思いが積み重なってきたからかもしれません。

今年の箱根駅伝は、こんな歴史を頭の片隅に置きながら応援してみてください。

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